84はちよん震災支援その2 84はちよん大工です 前編












はちよ〜ん!

当NPOでは、「84はちよん疎開@柏島」に引き続き、高知県だからこそできる84はちよん震災支援策を考えています。

そのなかで生まれてきたのが、
「東北に木のあたたかさを届けよう」
という動き。
イイダシッペは4月1日から高知大学農学部森林科学コースを休学し、当NPO事務局員となったカワムラサトシ(書いてる本人ですが…(笑))。

高知県の森林率は84%。これはニッポンイチの数字です。
高知にはこのユタカナ森で育まれた木が豊富にあります。
ユタカナ森を持っているのに、高知が木を届けなくていいのだろうか!?

折しも季節は初春、東北ではまだまだ寒さが続き、避難所でストレスがたまっている様子が容易に想像できます。
そんなとき、足元から木のあたたかさを感じられたら、どれだけ心が安らぐでしょう。

しかし、ただ木を送ったとしても被災地にとっては邪魔なだけ。
アリガタ迷惑になってしまっては支援の意味がありません。

では実際に、被災地に84はちよんの森で生まれた84はちよん材を持って
84はちよん大工が駆け付け、
84はちよん材を使った84はちよんフローリングを作ったらいいではないか!!

木材ならなんでも使い道はある。
避難所生活が終われば学校などで再利用もでき、
邪魔だと思えば燃やして暖をとるもよし。

そんな想いで始まった、
「木のあたたかさとどけます 84大工です」プロジェクト

次回、プロジェクトの企画に奔走する様子を描いた中編1。乞うご期待。
中編1はコチラ

NPO84はちよんプロジェクト事務局
カワムラサトシ

84はちよん震災支援その2 84はちよん大工です 中編1




























 はちよ〜ん!

「東北に木のあたたかさを届けよう」というカワムラサトシの想いから始まった、大工さんが避難所に木のフローリングを届ける「木のあたたかさ届けます 84大工です」プロジェクト。

今回は現地に向かうまでの企画段階を描いた中編1です。
始まりの想いを書いた前篇はコチラ

被災地に木のぬくもりあるフローリングを届けようと考え始めたのが3月21日のこと。
届けるに当たり、まず考えたのは、現地での作業量をいかに軽減するかということです。
現地での作業を少なくすれば、その分ほかのお手伝いができます。

そこで考えたのが、フローリングのキット化。
取り扱いのしやすい大きさのフローリングキットを作れば、現地での作業も容易になり、役目を終えた後も再利用できると考えました。
名付けて「84はちよんフローリングキット」(安易です(笑))
材はもちろん軽くてやわらかい84スギ材です。


このキットの作成は大学生などのボランティアを募って一気に完成させ、
構想から約2週間後の4月4日に高知を出発して、4月5日には届けようともくろみました。

その実現に当たり、
材の調達に関しては高知県林業振興・環境部須崎林業事務所の福留さんや、
高知県南国市で移動式製材機などを製作している?益製作所の竹中さん、
高知県嶺北地域で製材業を営む森昭木材?の田岡さん、
高知県で木材問屋を営む広末木材?の萩野さんという、
高知県の林業・木材業界で力を発揮されている方々からご協力をいただき、

キットの作成については沖野建築棟梁の沖野さん(84はちよん大工です)をはじめとする「伝統構法を学ぶ会」のみなさんのお力を貸していただきました。

また材の運搬については、カワムラとともに沖野さんが同行してくれるということに。

そして、肝心のどこの避難所に送るかというところで、高知大学で都市防災についても研究されている大槻教授にご協力いただき、
福島大学の体育館で避難所を運営されている鈴木教授とつながることができました。

ご協力いただいた皆様には心から感謝を申し上げます。


さて、鈴木教授との打ち合わせの中で、フローリングは震災でストレスを大きく受けている、
子どもたちのキッズスペース×2間、
ならびに中高生の勉強部屋として敷設することになりました。
忙しい中、支援の気持ちを受け止めてくれた鈴木教授の懐の広さに感謝です。

「高知の木のあたたかさを届ける!」と決めてからここまでが約1週間。
こういった支援には何よりもスピード感が重要、と信じて各所との調整を進めていましたが、まだまだ未熟なもので、フローリングキットを作成するという段階になりボロがではじめました。。。

新米のカワムラサトシはちゃんと実行できるのか!?

次回、ボロが出ながらもなんとか届けようとする様子を描いた中編2。乞うご期待。
中編2はコチラ

NPO84はちよんプロジェクト事務局
カワムラサトシ

84はちよん震災支援その2 84はちよん大工です 中編2






































はちよ〜ん!

「東北に木のあたたかさを届けよう」というカワムラサトシの想いから始まった、福島大学避難所に木のフローリングを届ける「木のあたたかさ届けます 84大工です」プロジェクト。

今回は現地に向かうまでのドタバタを描いた中編?です。
始まりの想いを書いた前篇はコチラ

前回、福島大学に84大工とともに木のフローリングを届け、キッズスペース、勉強部屋を作る段取りを決めました。
4月4日に出発することを考え、4月2日に84フローリングキットの作成を決定し、大学生などにボランティアを募り、大学生を中心に20名ほどからお手伝いの申し出が。
なんとも嬉しいことです。

そして2日の朝、作成のお手伝いをしていただく84大工の沖野さんに、前日に森昭木材さんから無償でいただいた材を見ていただいたところ、
「水分を含みすぎて、これでは加工が難しい」とのこと!!

なんとカワムラが知識のないままに、
「乾燥していなくても良いのでできるだけ早く材をお願いします」と注文してしまっていたのです!!
せっかくの嶺北の良質な木材も乾燥していなくては使えません。
スピード感を重視するあまり、大きな失敗をしてしまいました。
これには深く反省しています。。。

取り返しのつかないことになりかけましたが、
沖野さま、そして広末木材?の萩野さんのとっさの判断で、ボタボタの木材を乾燥した別の木材と交換していただき、なんとかキットを作成する段取りになりました!
しかしここで運悪く、沖野さんの材の表面を削り手触りを良くする機械が故障。

これはもう今日中に作成するのは無理かと諦めかけたところ、
高校生とともにボランティアに参加するとおっしゃってくれていた高知県立工業高等学校の中谷先生が、なんと学校の機械を貸していただけるよう段取りをつけていただきました!!

これ幸いと数人の大学生とともに工業高校に向かいましたが、この時すでに午後3時。
皆で鬼気迫る勢いで材をようやく削り終えたころにはすでに午後5時半。
この日の作業は削る段階でお開きとなりました。


作業終了後、削った材をどうするのかを話し合いましたが、もう1度高知でフローリングキットを作成する場を設けていては、どうしても4日には出発できません。
それならば、せっかく84はちよん大工の沖野さんが一緒に行くのですから、現地でキットを作成してしまおう!!

そのために、現地での作成が容易な本ざね加工済みの木材を別途用意して持っていき、今回削った材は次回のボランティアに向けて保存しておくことにいたしました。
加工材はまたも広末木材?の萩野さんにお世話になりました。

ボランティアに参加していただいた、84大工の沖野夫妻、広末木材?の萩野さん、高知工業高等学校の中谷先生、ならびに生徒のみなさん、そして大学生のみなさん、
本当にありがとうございました。感謝の言葉以外ありません。

バタバタの奮闘劇の末、これにてようやく出発の段取りはすべて整いました。
現地の方をいやすため、伝統構法を学ぶ会さん、高知県木工クラフトクラブさん、堀田さんが木のベンチとドミノを提供してくれました。
人々の想いを載せ、後は現地に向かうのみ!

次回、出発から福島の様子について描いた後篇?。乞うご期待。
後篇1はコチラ

NPO84はちよんプロジェクト事務局
カワムラサトシ
 
84はちよん震災支援その2 84はちよん大工です 後編2





























はちよ〜ん!

「東北に木のあたたかさを届けよう」というカワムラサトシの想いから始まった、福島大学避難所に木のフローリングを届ける「木のあたたかさ届けます 84大工です」プロジェクト。

今回は出発から福島の状況を描いた後篇?です。
始まりの想いを書いた前篇はコチラ

バタバタとしながらも多くの方のご協力のもと、何とか福島大学の避難所に向けて高知のスギを使った84はちよんフローリングキットを届けることができるようになりました。

出発前、現地に持っていく木材、木のベンチやおもちゃ、それから食料や燃料などをまとめると、トラックにあふれんばかりになりました。

福島まで行くのはこの2人。
手前が84大工の沖野さん、奥が事務局のカワムラです。

現地までは約1100kmの道のり。
未だに余震や原発などの不安要素は収まりを見せず、不安はありましたが、現地の人はもっと不安なはず!なんとか高知の木のあたたかさで癒したい!!
と気合を入れて出発しました。

(ここからはあくまで事務局のカワムラが見た福島市に限っての感想です。被災地によって状況は大きく異なると思いますので、ご注意ください。)

4月4日の昼過ぎに出発しましたが、福島市に着いたのは5日の昼前でした。
福島ではさぞ道路は混乱し、崩れた家屋が散乱しているだろう。
と覚悟を決めて向かいましたが、道路を通る限りではそのような状況は見られず、むしろここは被災地なのかと思うほど。
実際のところ、福島市は震源地からも離れており、沿岸からも離れているので、目に見えるような被害は顕著ではありません。

むしろ問題なのは放射能のこと。
目に見えず、症状が出る可能性があるのは数年後ということもあって、あまりにも実感が無さ過ぎるのです。
市内の様子を見る限りでは、街ゆく人が何らかの防備をしているようにも見えず、
私自身もしっかり防備しようと準備をしていったのにも関わらず、
いつの間にか放射能を意識しなくなっていた自分に気付いた時に、
放射能の恐ろしさというものをココロの底から感じました。。。

また、福島市のスーパーの様子はどうだろうと覗いてみると、棚は満杯、生鮮食品もたくさんあります。
ここにも行く前のイメージとのギャップがありました。

イメージをしていた「被災地」や「被災者」という言葉と、現実の福島市の状況に大きなギャップを感じ、
今さらながら被災地ごとに被害の状況が違うというアタリマエの事実に想いが浮かび、被災地支援は一言では語れないということに気づかされました。

さて、そんなこんなでようやく目的地である福島大学の避難所に到着。


次回、福島大学避難所の様子を描いた後篇?。乞うご期待。
後篇2はコチラ

NPO84はちよんプロジェクト事務局
カワムラサトシ
84はちよん震災支援その2 84はちよん大工です 後編2


(ここからは避難所の様子です)

(避難物資集積所)

(避難所内)

(掲示板)

(食堂)

(学生ボランティア)
はちよ〜ん!

「東北に木のあたたかさを届けよう」というカワムラサトシの想いから始まった、福島大学避難所に木のフローリングを届ける「木のあたたかさ届けます 84大工です」プロジェクト。

今回は福島大学避難所の状況を描いた後篇?です。
(始まりの想いを書いた前篇はコチラ)

高知から1100kmという長い道のりを経て、なんとか無事にたどり着いた福島大学。
ここでは体育館が避難所として設定されてあります。
到着してから、まずは避難所を運営されています鈴木教授に現地の情報を聞きました。


この避難所には4月5日の時点で90名ほどの住民がいましたが、その8割が南相馬市の方です。
つまり、この避難所を利用されているのはほぼ福島第1原発の避難圏内の住民で、福島市の避難所なのに福島市の方がいないという不思議な状態でした。
福島市にはこのような状況の避難所が他にも多く存在するようです。

また、鈴木教授は阪神大震災や新潟中越沖地震の際もボランティアを行っている震災時のスぺシャリストなのですが、今回の震災ではとにかく物流が悪かったとのこと。
ライフラインの復旧も遅れ、ぎりぎりの避難所経営が続いていたようですが、4月2日ごろから物流が回復し始めたようで、今では避難所も安定期に入っているとのことでした。

現在は物流が回復したことから、支援物資も大量に届けられるようになり、体育館の柔道場を利用した支援物資置き場には大量の毛布や水、カップラーメンなどの食材がありました。
この物資は周辺の避難所に配っているようです。

また、ここは大学を利用した避難所ということで、避難所の運営にはたくさんの大学生ボランティアがお手伝いをしていました。
ボランティアの学生さんは子どもの相手から、食事の準備、配ぜん、その他いろいろと仕事がありますが、みなさん元気で笑顔にあふれ、避難所の雰囲気を明るくしていらっしゃいました。

この避難所では大学という設備をうまく利用して、ご飯は食堂で、お風呂は温水シャワー室で、などなど、すでに最低限の生活レベルは保障されているという感覚を覚えました。
大事が起こらない限り、少なくとも命の保証はされているようです。
しかし、すべての避難所がこれだけ施設に恵まれているかと言われればそうではないと思いますので、まだ見ぬ避難所の方々を思うと胸が痛みます。

また、夜には運営をされている大学教授の方々と大学生ボランティアの方々とお話しする機会がありました。

その中で「なぜ福島に残ってボランティアをしているのか?」という質問をしたのですが、
「親には実家に帰って来いと言われているけれど、お世話になった福島から逃げ出したくなかった。ここで帰ったら後悔するから。」と覚悟を決めた学生や、
「困っている人を助けるのは当たり前だと思ったから。」など、当たり前ですが誰しもが当たり前にはできないことを実践する学生。
同世代のワカモノなのに、逆境を経験すると人はここまで強くなるのかと驚愕するとともに、その真っ直ぐに熱い想いに感動を覚えました。

避難民の方々、そしてその避難所で頑張ってるワカモノたちを高知の木で癒したい!
そんな想いが高まったところで次回、作業風景を描いた後篇?。乞うご期待。
後篇?はコチラ

NPO84はちよんプロジェクト事務局
カワムラサトシ
84はちよん震災支援その2 84はちよん大工です 後編3

(フローリング作成中)

(王子チヨダコンテナー福島工場)

(段ボールで壁作り)

(学生が手伝ってくれています)

(オトナもコドモも興味津々)

(寝転がる2人)

(モチロン子どもも寝転がります)

(熱心にカスタマイズ)

はちよ〜ん!

「東北に木のあたたかさを届けよう」というカワムラサトシの想いから始まった、福島大学避難所に木のフローリングを届ける「木のあたたかさ届けます 84大工です」プロジェクト。

今回は福島大学避難所での作業風景を描いた後篇?です。
始まりの想いを書いた前篇はコチラ

福島大学の状況を聞いたのち、84大工の沖野さんにはさっそくフローリングキットの作成をしていただきました。
さすが沖野棟梁!ごんごん作成していきます!

それを横目に事務局カワムラは段ボールを受け取りに、王子チヨダコンテナー福島工場へと向かいます。
今回はキッズスペースと勉強部屋の作成ボランティアということで、子どもたちのプライベート空間を作るためにフローリングだけでなく、段ボールで壁も作成します。
これは、カワムラも参加している、子どもだけの仮想のまち「とさっ子タウン」というイベント、
そして「高知のまちづくりを考える会」さんが震災時に行ってきたボランティアからアイデアをいただきました。
(特に「高知のまちづくりを考える会」さんからは資金協力もいただきました。深く感謝しています。)

段ボールパネルを貼り合わせるだけで、簡単に部屋空間ができます。
また、福島工場の方には「震災復興のためだから」ということで、無償で段ボールを提供していただきました。本当に感謝しています。
(写真は担当の丹野さま)

沖野さまが作成したフローリングキットは学生ボランティアのかたにも手伝っていただきながら、順次敷き詰め、
その壁面はカワムラが担当。
段ボール張りには気の良いお兄様が手伝ってくれました。

そうして、キッズスペースの完成!
オトナもコドモも興味津々です

作成途中から「木のいい香りがする〜」「落ち着く〜」といった声が聞こえ、
なんと1番に寝転がったのは学生ボランティアのこの2人。
「キッズスペースなのに自分の部屋より豪華」と言っていました。

もちろん子どもたちにも喜んでもらえました。
この笑顔を見れば、はるばる来てよかったとしみじみ思います。
そしてカスタマイズに余念がない子ども達。

今回のボランティアは無垢のスギ材でフローリングを敷き、段ボールを壁にするという単純なものでしたが、簡単だからこそ設営・撤去に手間がかからず、再利用も容易です。
避難所のプライバシーの望めない環境で、子どもだけのリラックスできる空間を創ることの有用性を肌で感じることができ、大変いい勉強になりました。

何よりも子どもたちに笑顔になってもらえたことが、その成果を証明していました。

この後、この取り組みは避難所の様子を描いた「福島大学避難所日誌」で「工作隊」として取り上げられ、
「子ども達にも笑顔が戻ったようだ、ありがとう」というお言葉もいただきました。

福島に向けてこのような支援ができたのは、たくさんの方がアドバイス、ならびに物資・人材・資金面で協力してくれたからこそです。
皆さまのご温情に深く感謝を申し上げます。

この取組を1度で終わらせるのではなく、さらに多くの子ども達に高知の木のあたたかさ、人のあたたかさを届けるために、さらに継続的な方法を考えていきたいと思います。

以上、「木のあたたかさ届けます 84大工です」プロジェクトの報告でした。

NPO84はちよんプロジェクト事務局
カワムラサトシ